予想できる未来はつまらない。
予想できる未来はつまらない。
同じ場所にいって、同じ人に出会って、同じようなことが起きる。そんな毎日はイヤだ。
学校というシステムは、素晴らしいが、みんなと同じことを強制され、同じような未来しか見せてくれなかった。
僕は学生時代、そんな予想できる「現在」と「未来」にアキアキしていたしウンザリしていた。
しかし、爆弾で作られたレール(現在と未来)をぶっこわすこともなんか違う気がした。諦めて時間を過ぎるのを待って、おじいさんになることも違う気がした。
どうせなら、自分も自分が関わる人も楽しくて、明るくて、余裕がある未来を自分で作りたい。
そんなオモイから放課後等デイサービスひまわりを開所した。
僕が関わる子どもが最高に楽しいと思ってもらえるように、利益のほとんどの施設に投資した。
毎日、違う場所に冒険にでかけた。
ボランティアさんに来てもらうことでいろいろな出会いを作った。
放課後等デイサービスひまわりは、予想できない明るい未来を作っている。
そんな場所を学生ボランティアにみてほしい。



合同会社ひだまりの法人活動理念
僕らはもう、十分に与えられているのです。情報も、人も、自分自身の才能も。それなのに「まだ足りない」と言って、すでに与えられたものを捨ててしまったり、生かすことができなかったりしています。本当は、すでに十分なのです。
大好きな映画を何度も繰り返し観る。気に入った場所に何度も行く。好きな音楽を何度も聞く。心惹かれる絵を何度も見て感動する。春夏秋冬の景色をただ眺める。これらすべては、すでに神様から与えられたものです。本来、追加の情報は必要ありません。蛇足なのです。なぜなら、一日の情報量は縄文時代の一生分より多いと言われています。
とにかく、私たちは「十分」なのです。気に入った歌をカセットがすり切れるまで聞けばよいのです。昔の人はもっと作品も、人も、自然も、大切にしていたはずです。家族がいて、友達がいて、仲間がいる。それだけで本来は十分なのです。
「足りない」とゾンビのように彷徨うこと自体がおかしいのです。足りないと思い続ける限り、目の前にある幸せを見失ってしまいます。すでに与えられたものを大切にできない人は、どれだけ手に入れても「足りない」と感じてしまいます。なぜなら、「足りない」という感覚そのものが幻想だからです。
すでに神様から与えられたモノを大切にする施設です。