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2022/08/21

TEARDROPSは何をやっている団体?

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TEARDROPS(通称;ティア)は,2021年1月に任意団体として設立。
現在は「NPO法人ふらいおん」に参画し,さまざまな事業を展開しています。

神戸市西区伊川谷町,そしてオンラインを主な拠点とし,現在,子供の居場所づくり事業,イベント事業,無料自習室の運営20228月に開放予定)など,多岐にわたって活動を進めております。

TEARDROPSの主な特徴は次の3つです。

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❶「名前のない痛み」で繋がる

ーTEARDROPSの中核をなす言葉です。

世の中には「不登校」「LGBTQ」「HSP」など,生きづらさにも色々な名前が与えられています。それは,名前をつけないと気づいてもらえないから。

でも痛みに名前をつけることによって別の痛みも生まれてしまいます。

「あなたと私では,違う痛みなんだから,近づかないで・・・・」
「同じ名前の生きづらさを持っているけど,なんか違う。でも共感し合わないと・・」

そんな「名前のある痛み」から溢れてしまう痛みを「名前のない痛み」と名付け,「どんな痛みにも必ず同じ部分があって,必ず違う部分がある」という精神を大事にしながら,人と人が繋がれる場づくりを目指しています。

❷オンライン上での繋がり!

ー実は,TEARDROPSの初期メンバーはTwitterを通して集まっています。

SNSや配信アプリ,オンラインゲームなど,現実世界だけでなく,自分が「匿名」でも存在できる居場所が増えていますよね。

当団体は,そんなメタバースの居場所についても,探求しています。

❸メンバーが全国各地に所属!

ー神戸,大阪,京都,三重,愛媛,埼玉・・など想いに共鳴しあったメンバーが全国各地に所属しています。


次に,団体を立ち上げた経緯について,少し聞いてくれると嬉しいです。

まず「神戸市西区伊川谷町」という町について紹介します。

伊川谷町は神戸市西区の南部に位置しており,「伊川」という川沿いに広がる,東西10kmにわたる大きな町です。

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また,近郊型農業が盛んな地域です。なので,
神戸三宮から地下鉄で伊川谷駅で下車すると,真っ先に目に入るのが,その田園風景です。(あとは病院・駐車場・ホームセンターがあるくらい)

小学校・中学校・高校も多く,駅の近くのバス停でも,たくさんの学生を見かけます。

お寺や神社もたくさんあります。

「伊川谷惣社」ではいつも8月になるとお祭りが開かれていて、いつも地元の中学生が神輿を担いでいます。国宝である「大山寺」というお寺さんにも歩いて行ける距離にあります。(下の写真は大山寺です)

大山寺の周りはとってものどかな場所で,座禅体験のできる「龍象院」という茅葺き屋根のお寺さんが近くにあります。おしゃれなカフェもあります。

私(代表;児玉)も、親とよく、一緒に散歩してここに来ています。
仕事の疲れとか、人間関係の疲れとか、いろんなモヤモヤを取っ払いたいときには、吸い込まれるようにここへ向かっていつの間にか歩いています。

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また、伊川谷町はとっても自然豊かな場所です。

春には色とりどりの花々が川沿いに咲きます。桜並木が綺麗で、鶯の鳴く声を聴くこともできます。私もいつも伊川谷にやってくる春を、待ち遠しく思っています。

夏には、川には色んな鳥がやってきて、泳いでいる姿を見ることができます。

画像伊川沿いの桜並木画像画像代表の私(児玉)は、この伊川谷町という小さな町で生活してきました。

この伊川谷町で団体を立ち上げたいと思った大きなきっかけの1つとして、「大学受験」という大きなライフイベントがありました。

そしてもう1つあって、大学3年生のときに所属していた学生団体でリーダーという役職を経験したこと、そしてコロナ禍の始まりの年だったこと。

この2つのライフイベントが、私という人間を大きく突き動かしました。

この2つの詳しいストーリーについて興味のある方は、こちらをタップして、読んでください。

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そして「2つの想い」を持って、団体を立ち上げることにしました。

1つ目は「伊川谷町に学生が無料で勉強できるスペースを作ること」
2つ目は「完璧な答えを求められ、否定される社会で苦しんでいる人を癒すこと」

コロナ禍だったからか、Twitterでメンバー募集をすると、想いに共鳴してくれた方々が、たくさん声をかけてくれました。現在もメンバーとして所属してくれている人もいるし、脱退して別の道で活動を行なっている人ももちろんいます。

初めは、地域で立ち上げた想いを語っても、なかなか団体の外側には伝わリませんでした。

居場所を作りたいと思って活動しているのに、どんどん傷ついて、どんどん人間不信になっていく自分に、嫌気がさすようにもなりました。

自分のもつ痛みについて感情について、読書に没頭するみたいに、ただひたすら繰り返し考えていました。

そうすると私はある日、大きな気づきを得ました。

「ああ、そうだ。『なんでも言葉にしなきゃいけない社会』は、科学の仕組みと似てる。科学は「分けて」「名前をつけて」「記述して」発展してきた学問だから、

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人間は「痛み」まで、分けて、名前をつけて、詳しく記述しようとしている。
それで、満足しようとしている。

それが現代でいう「HSP」や「LGBTQ」というものに現れているような気がします。
それらは、お金がなくても自分がそうだと思えば名乗ることができます。
だから、自分がHSPだと思えば、HSPというタイトルがついた本に助けを求める。

でも、それはあくまで一時的なもので、そこに解決策はありません。
だけど「自分はこんな種類の生きづらさなんだ」と本を読んで思ってしまった人は、同じ感覚を持った人を仲間だと思い、少しでも違う感覚を持った人を敵だと判断します。

なので僕は「生きづらさ」に名前をつける事自体、お門違いであり、負の連鎖を永遠に生み出すシステムだと、そう感じているんです。

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では、どうすればそんな負の連鎖を止めることができるのか。

私は「無分別なもの」を捉える感覚や精神性を、取り戻す必要があると思います。

科学が発展してきたことにより、良くも悪くも「世界は分かれているもの」だと信じて揺らがない人が多くなったような気がしています。

でも、日本は「禅」「茶」などのような文化に見られるように、統合性をその精神性の中に含んでいたはずです。日本は他国に比べ「世界は分かれていない」という感覚を元々持っていたはずなのに、だんだんその感覚を失っている。

10代・20代はその傾向は顕著に見られるような気がするけれど、地域の繋がりが深かった40代・50代以上の世代でさえその感覚を持っている人は少なくなっているように思う。

つまりどういうことが言いたいかというと、

「生きづらさ」を自分なりに理解したところで、周りに生きづらさを名前をつけられ分類されれば、その「生きづらさ」は分類したままで統合される未来なんてない、ということである。

もちろん「統合」というプロセスに至るまでに、分けられた「モノ」について理解を深める必要はある(西田幾多郎の「一と多」のような)が、現代の「生きづらさ」について語っている本に、前者のプロセスについて揶揄しているものはほとんどないような気がするのだ。私はここにスポットライトを当てたいと思っている。

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話を変えて、現在おこなっている活動について紹介します。

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1つ目は、小学生の子供たちの居場所づくり。
「ふらっといかわ」という地域のボランティア団体に参画する形で、運営しています。

2つ目は、伊川谷のお寺で多世代交流の場づくり。
現在は地域での認知度を高めるため、月に一回程度イベントを開催しています。

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認知度がある程度増えてくれば「禅」を用いた、生きづらさや痛みについて深く見つめるプログラムを開発し、禅が生きづらさに与える影響について実験しようとも、考えている。

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また無料自習室(無料塾)のようなものも地域に作っている。
ただ無料自習室を開放するのが目的ではなく、このような場所があることで、若者が抱える「生きづらさ」を共有できる場としても働くのではないかと考えている。

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ざっとこんな感じで、私たちがどんなことをしているのか、大体のイメージは掴めて頂いただでしょうか。

これからも末長く記事を読んでくださると幸いです。

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生きることの、楽しさも、辛さも、共有したい。

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