1. 【首都圏キャスター募集】ウェブラジオFMC、ウェブテレビGetsuTele

【首都圏キャスター募集】ウェブラジオFMC、ウェブテレビGetsuTele

Web Radio FMC
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基本情報

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世界最長の歴史を持つインターネット放送局『ウェブラジオFMC』『ウェブテレビGetsuTele』が、首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)からレポートする《首都圏駐在・社会人キャスター》を募集します。

活動テーマ
活動場所
  • フルリモートOK

◎基本的にご自宅からオンライン(Zoom、LINE等)でウェブラジオFMC、ウェブテレビGetsuTeleの各番組に参加して頂きます。

◎FMC九州(熊本※本局)「新南部FMC(スタジオスタッフ、パーソナリティ共に募集中※性別不問)」

◎FMC関西(大阪)「トークラジオ番組QIC女性パーソナリティ限定で募集中」

必要経費

無料

基本的にご自宅からオンライン(Zoom、LINE等)で番組に参加して頂きます。
※ネット通信費等はご負担願います。
※スマホまたはPCはご自身が普段ご使用のものをお使い下さい。(マイク等が必要な場合はFMCから貸与します)

活動日程

随時活動(活動期間:1年以上の長期)

※永続的にご参加いただけます。

活動頻度

週2〜3回

週1~2回程度、1回につき5分前後のレポート(ウェブラジオFMCは音声のみ、ウェブテレビGetsuTeleは顔出し有)を行って頂きます。

募集対象

30歳以上の方。主婦、社会人など。
※非喫煙者に限ります(FMCスタジオ敷地内完全禁煙のため)

◎未経験OK、初心者歓迎。
◎人と円滑なコミュニケーションがとれる方、良識のある方を求めます。

【審査】
◎応募者には改めてエントリーシートに必要事項をご記入頂き、これを元に書類選考を実施します。選考通過者にはリモート面接を行い「合否」を最終決定致します。

【備考】
◎FMCの番組をお聴きになったことが無い方は、ご応募される前に必ず「ご試聴」をお願い致します。
◎FMC関西では、トークラジオ番組『QIC』の"女性アシスタント限定"で募集しております。その他の部門につきましては、募集再開までしばらくお待ち下さい。
◎現在10~20代の募集を一時中断しております。再開までしばらくお待ち下さい。

【ご参考】
◎ウェブラジオFMCの歴史、主宰者/榎田信衛門の経歴等が『Wikipedia』に掲載されています。
◎1976年の創立時から2000年頃までのウェブラジオFMCをまとめた書籍『聴かせてやんない!ウェブラジオFMCインサイドストーリー(種田守倖著/くまざさ出版社)』があります。

注目ポイント
  • なんでもかんでも自分たちでワンストップで作っていくDo It Yourselfな組織それがFMCなのです。
  • 公平中立を謳う一般放送局と異なり、新自由主義否定、積極財政推進、消費税廃止の論調で番組をお送りしています。
対象身分/年齢
募集人数

3名

団体情報

“世界最古参のインターネットラジオ局。プロ+アマ混成/非営利・市民メディアの草分けです!”
代表者

榎田信衛門

設立年

1976年

法人格

任意団体

Web Radio FMCの団体活動理念

市民自らが情報発信する手段として「日本型自主独立放送局(合法的な放送活動)」を日本で初めて組織化した「白川放送(JOIN)」を母体とする我が国屈指の歴史ある組織(非営利)です。

現在、国内だけでなく海外を含め数十万人規模のリスナーから支持される独立系メディアに成長しています。

熊本地震により、活動拠点であった『多目的文化情報発信施設lunedi』が半壊。スタジオ等が使用できなくなりました。以後、全国のリスナーをはじめ多くの皆様のご支援により、2016年8月に移転することが出来ました。


Web Radio FMCの団体活動内容

●他に類を見ない「ワンストップ型独立メディア」です。

個人レベルの情報発信と異なり、FMCでは個々のスタッフが提案したアイデアを全員でブラッシュアップしコンテンツ化していきます。
一連のコンテンツ制作プロセスは、地上波・衛星波の放送メディアとそう大差はありません。当然、高度なコンテンツ制作を円滑に行なうためにはプロレベルの機材も必要です。24時間運用可能な専用スタジオをはじめ、ラジオ系だけでなく映像系も含めた多種多様な制作機材を擁しています。
どんなコンテンツもワンストップで作り上げてしまうのが私たちFMCのカラーです。

活動実績

1976年
創立記念日/現存する中で日本最古のマイクロラジオ(ミニFM局)発祥記念の日

1976年04月07日

熊本市中央区大江3丁目に日本最古の常設マイクロラジオ「BSS白川放送」開局。

白川中学校放送局在籍の1年生らを中心に組織された。当初の機材はミキシング機能付ラジカセ2台とマイク1本。尚、この頃は中波によるAM放送であった。そのサブリーダーとしてまだ中学生の榎田信衛門がいた。(詳細は、くまざさ出版社「聴かせてやんない!ウェブラジオFMCインサイドストーリー」をご参照下さい。)

1977年
放送ゴッコが本格的に

1977年

中継局を増設し(音質無視)中学校区全域をサービスエリアに。「夜の校内放送」という位置付けで注目されはじめる。

1981年
はじめて全国区へ

1981年

5周年記念で24時間の特別放送を実施。その中で制作されたラジオドラマ「未来への航路」が全国放送コンクール(学校放送だけでなくマイクロラジオなどの自主活動も対象とされた大会。3回で終了した)のラジオドラマ部門で優勝。

1982年
マイクロラジオ(ミニFM)ブーム到来

1982年

この頃から全国的にミニFM(呼称がほぼ統一される)がブーム化していく。

1983年
取材殺到

1983年

東京青山のマイクロラジオ「KIDS」がマスコミでブレイク。その影響をまともに受けて「白川放送」にも取材殺到。調子に乗って「join」に名称変更する。この頃、熊本のメディアから「join」の名前がどこかで取り上げられるという異常事態に陥っていた。

1984年
初のスタジオ建設

1984年

「東のKIDS、西のjoin」としてマスコミにやたらと登場。11月には本格的専用スタジオを大江3丁目に設ける。NHKを始め各局が取材。

1985年
マイナーからメジャーへの挑戦

1985年

地元紙(熊本日日新聞)ヤング欄のプロモーションビデオならびにイベント制作をきっかけに、秋に開局した『エフエム中九州』で毎週月曜深夜の1時間番組「WA!アメーバだ」を制作(1クール)。(一時的にマイクロラジオは中断)
地元タウン誌「月刊タウン情報クマモト」で連載コラム「joinぱあてい(見開き2ページ)」連載開始。
この頃実施したスタッフ募集に応募者殺到。電話が一時的にパンクする。スタッフ数が30名を超す。

1986年
厳しい足固めの時代

1986年

実験TV番組「ART WORLD」を制作。後にベルギーに企画が輸出され全国放送される。故逸見政孝氏が絶賛。後に「平教委」企画の源泉の一つとなった。「たけしの誰でもピカソ」にも影響を与えているらしい。榎田信衛門出世作。
伝説のライブ「こんな夜、いつかきっと…」を熊本市産文会館大ホールで開催。出演は極めて怪し気なjoinバンドのみ。ちなみにドラム担当は榎田信衛門であった。
変なやつ江森と榎田信衛門のプロデュースで、インディーズファッションの草分け「SMPTE」を全国展開。この頃から不定期放送となる。

1987年
バブルのお陰で何でもあり!

1987年

組織を株式会社化し「join」から「株式会社BSP」に変更。
激安プリントショップ「複写堂」を出店。所属バンドのライブ等をプロデュース開始。
また、この年の冬、NHK熊本局制作によるTV特番「ヤングスペシャルIKINARI-DAGO」に企画参加。(ちなみにMCは榎田信衛門とタレント高見恭子)しかし、混成部隊による弊害がもろに出て番組自体は大失敗作となった。音楽を担当したのは所属バンド「ROUTE-VALENTINE」の島綾子。

1988年
第1次氷河期

1988年

「複写堂」「SMPTE」を終了。「生活雑貨Hz」を上通に出店。
カセットテープによる音のタウンマガジン「Trendy-EX」を企画するが失敗。いわゆる第1次氷河期の始まりである。エアポート成田が入局。その後スタッフ募集を凍結したためしばらく彼の活躍が続く。
初のVTRドラマ作品「恐怖のエレベーター」(脚本演出榎田信衛門)を制作。

1989年
不毛な実験続く

1989年

元のボランティア組織に戻すために「株式会社BSP」を解散。ステーションネームを持たないフレキシブルなスタイルでの不定期放送に突入。NHK葛西ディレクター(IKINARI-DAGOを担当)の出演というかゴリ押しで上通りアーケード内でマイクロラジオのゲリラ放送等を実施。※NHK九州ブロックでも放送。

1990年
活路は首都圏にあり!

1990年

榎田信衛門がコンセプターとして在京キー局のTV番組に関わることが増加。また、大学・専門学校等での講師としての活動も多忙を極め、マイクロラジオは散発的な放送になる。

1992年
福岡での実験はじまる

1992年

福岡市に福岡ヘッドクォーターを設置。以降、活動の主軸を福岡HQに移し『RKB毎日放送』のラジオ番組「HiHiHi」、『FM佐賀』の生番組「ウイークエンドストリーツ」、『TNCテレビ西日本』のバラエティ番組「AtoZ'on」などの制作業務を行う。
NHK葛西ディレクターのまたまたゴリ押しで「男の食彩」に榎田信衛門出演。

1993年
榎田信衛門遂に倒れる!

1993年

福岡HQを閉鎖し熊本オフィスに一元化する。その後榎田信衛門長期休業宣言。一切の活動を停止する。

1994年
復活。FMC黎明期。

1994年

join時代の関係者の扇動などによってマイクロラジオの定期放送を再開することに。
しばらく流動的だったステーションネームを「FM-Monday Club」に定め、7月4日午後10時より週1日の定期放送開始。ちなみにMonday Clubという名称は毎週月曜日のオンエアに由来するもの。
榎田信衛門の他、アナル島田、ヒロポン作田、木原友香(のちFM福岡アナウンサー、現在フリー)らがレギュラーで出演した。
予想に反して、放送開始直後からいきなりリスナーが急増する。11月にはテープ版の番組集「構造不況と表現の自由」を発表。インディーズ界の隠れたヒットとなり全国で海賊版が数千本出回る。

1995年
危険な罠

1995年

内輪で配布していたフリーペーパーを外部配布に切り替えるプロジェクトがスタート。文科系パソコン通信「MCM」を開局。わずか2カ月で会員数300名に迫る大ヒットとなったが、機材のトラブルであえなく中止。しかしこれがWEBラジオFMC開始のきっかけとなっている。
また、熊本市にコミュニティ局を作る市民運動組織からの要請でプロデュースを引き受けるが、他社を牽制するための実体の無い組織であったことが後から判明し直ちに離脱。だが、この時に作られた「榎田信衛門レポート」は低迷するコミュニティ放送を再生させる決定打として現在も尚、全国のコミュニティ局から注目されている。ヘルペス和田、フィラリア井元らが入局する。

1996年
先手必勝IT革命!WEBでの展開スタート

1996年

表記を「fm-monday club」に変更。フリーペーパー「corroboration」配布開始。熊本のカウントカルチャー推進をメインコンセプトとした。また毎週金曜夜に再放送を開始。8月中は土曜深夜にスペシャル番組「QSN」をオンエア。
急増するコミュニティFMを一部メディアが「ミニFM」と表現することによる混同を避けるため新たに「マイクロラジオ」という統一呼称を提案し発表。現在では「マイクロラジオ」が一般的になりつつある。
9月、地元プロバイダのサーバを借りて「WEBラジオFMC」を開設。国内で5局目、九州で最初のウェブ放送局として新たなスタートを切った。
サーロインめぐみ、窓乃梅明子、Mckee中野ら女子高生軍団が入局。彼女達が担当した「QMB」がインディーズミュージシャンの間でも話題を呼んだ。
トークラジオ番組「QIC」がスタートした。

1997年
ウェブラジオで赤丸急上昇!

1997年

Webラジオとしてのポジションがいよいよ明確に。WEB関連の出版物への情報掲載だけでなく地元メディアからの取材も相次ぎ、認知度を一気に高める。熊日ホームページコンテストにて「NTT賞」を受賞。
6月29日、カウンターカルチャー系文化祭『PCMeet』を開催。部外スタッフとして参加していた卯月みそかが入局。
10月、自前のサーバを導入し、オリジナルドメイン「fmc.or.jp」を取得する。

1999年
プロ集団への脱皮、その序章

1999年

表記を「FM-MONDAY_CLUB」に変更。
スタッフのスキルアップを最大の目標とした年度。様々な組織改革を行い、プロもしくはプロ志望者によるユニットとそれ以外のボランティア集団とに区分した。
3月、榎田信衛門とフィラリア井元が結婚。パーティを全面的に番組化した「アメーバvsケムール」を放送。この時、引き出物の1つとして配られたオリジナルCD『構造不況と表現の自由2』は、Webでも未発表のため伝説の作品となっている。中身はかなり濃い!
フリーペーパー『熊日すぱいす』のオフィシャルサイトの構築スーパーバイジングを担当する。
8月、富士通主催『Stream'99』(神奈川県川崎市)にて榎田信衛門が講演。
10月、九州電気通信監理局主催『テレトピア九州セミナー'99』で榎田信衛門が講演。

2000年
映像部門も本格稼動へ

2000年

1月、映像制作編集システムを一新。TV番組やCMの制作を再び射程距離内においた。
〃月、全国オフトーク通信協議会の主催『オフトーク通信フォーラム』で榎田信衛門が講演。
6月、デイリープログラム「日刊FMC」を開始。
〃月、200万ページビューを達成。記念番組「日刊FMCスペシャル」を放送。
7月、フリーペーパー『熊日すぱいす』の編集協力業務を終了。
8月、20万アクセス記念ビデオ『早井探検隊スペシャル』を制作。
10月、熊本リビング新聞社のサイト『リビングくまなび』の制作協力業務を開始。ストリーミング放送局「L+V」を同サイト内に開局。

2001年
開局25周年。事業規模拡大を狙う

2001年

1月、『Exciteインターネット放送ランキング・ラジオ部門』で独立系では異例の3位に入る。
2月、『熊本電子ビジネス専門学校』の卒業式で榎田信衛門が講演。
4月、『Exciteインターネット放送ランキング・ラジオ部門』で2ヶ月連続トップ!総合でも3位に上昇。
5月、IT関連の講演が急増。『大分県武蔵町商工会』総会などで榎田信衛門が講演。
6月、映像制作ユニット『TEAM-VTOL』スタート。
7月、アナル島田現役引退。(大仁田並みにすぐ復活)
〃月、阿蘇青年の家『スタッフ強化合宿』を実施。
9月、『大分県国東町商工会』『熊本県宇城地区商工会』などで榎田信衛門が講演。
〃月、インタビュー番組「QBT」がスタート。
10月、『暮らしと情報化展2001』に参加。公開放送を実施。
11月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のビデオカメラ講座』がスタート。
〃月、「FMCトークセッション」がスタート。

2002年
ポイントオブノーリターン

2002年

1月、新番組「保健体育の女」スタート。

2月、熊日経営セミナー『情報化のDIY』を榎田信衛門が講演。
3月、フリーペーパー「廃刊(創刊号)」を発行。
4月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のデジカメ講座』がスタート。
5月、衝撃のトークライブ「廃刊の夕べ」を開催。榎田信衛門怒涛のトーク3時間!!
6月、熊日さわやか熟年講座『情報化のあゆみ』を榎田信衛門が講演。
9月、FMCデコンストラクション(社内大改革)。解党的人員大刷新と呼ばれた。
10月、玄米茶やよい「日刊FMC」MCレギュラー。
〃月、「日刊FMCスペシャル熊本市長選直前!榎田信衛門野次馬対論」放送。大反響!
11月、『暮らしと情報化2002』に参加。公開放送並びに榎田信衛門講演実施。
12月、サーバー更新のため約20日間放送休止。(番組収録は継続)

2003年
新生FMC本格スタート

2003年

2月、新メンバーによる「QIC」再開。
〃月、「シネギャン大爆破」スタート。
5月、特別番組「日刊FMC九州新幹線SP」放送。
6月、googleのウェブディレクトリにおける『インターネットラジオ部門のページランク』で、知らない間にFMCが堂々1位。
8月、西原村風の里「スタッフ強化合宿」を実施。
9月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のパーソナリティ入門講座』がスタート。
〃月、日本映画学校卒業制作作品映画『ホテル・ウォータームーン』に制作協力。榎田信衛門、レジオネラ高木らがエキストラ出演。
10月、種田守倖(榎田信衛門)著『聴かせてやんない!』(くまざさ出版社)発行。
〃月、ネット書店『書泉・月曜倶楽部』をイーエスブックス内に開設。
12月、トークライブ『聴かせてあげちゃう!』をパレア音楽室にて開催。

2004年
テーマ「前向き。」

2004年

1月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のエッセイ講座』がスタート。
2月、フリーペーパー「FMCドクホン」を発行。
3月、日本映画学校卒業制作作品映画『ホテル・ウォータームーン』(FMC制作協力)公開。
4月、『エッセイ講座』受講生を中心としたライター集団『月曜ペンクラブ』発足。
〃月、『きくちゆみ講演会&森田玄ミニコンサート(会場/熊本市国際交流会館)』を制作協力。
〃月、学生・ボランティア団体合同ガイダンス『スタート!2004』に初参加。
5月、「QIC」放送400回を記念して公開収録を実施。
6月、熊日生涯学習プラザにて『榎田信衛門のパーソナリティ入門講座(第2期)』がスタート。
7月、「QIC前回好評だったので、調子に乗って公開番組第2弾なのだスペシャル」を実施。
〃月、NHK熊本『ひのくにYOU』に榎田信衛門生出演。約20分に渡ってFMC特集を放送。
9月、落雷の影響でサーバ故障。1週間放送休止。
〃月、トークライブイベント「榎田信衛門毒宴会其の弐・行くぞ~9番。」を開催。
10月、『月刊タウン情報クマモト10月号』1ページまるまる使ってFMC特集掲載。連動番組『読み聴かせてやんない!』を放送。
11月、阿蘇青年の家「スタッフ強化合宿2004」を実施。

2005年
テーマ「喝!」

2005年

1月、FMCウェブサイトの一部を使ってクリック型広告Google AdSenceを試験的に導入。(2月下旬実験終了)
2月、NHKテレビ及びラジオ『みんなのメッセージ/ほっとラジオずっとラジオ(全国放送)』に榎田信衛門出演。
3月、赤てん由華里、島根県の実家に戻るため「QIC」卒業。
4月、新施設改装工事に着手。
〃月、熊本大学の学生を対象としたサークル・団体・合同説明会『ACTION』に参加。
〃月、地元フリーペーパー『テラコヤ』にFMC関連記事掲載。
5月、新施設「多目的文化情報発信施設lunedi(ルネディ)」をFMCスタジオ隣接地に開設。
〃月、定例トークライブ第1回「軍艦島グラフィティ」を「lunedi」で開催。
7月、第1回「お座敷フリマ」を「lunedi」で開催。
〃月、「大江で捜査網」をスタート。
9月、FMC本社を「lunedi」に移設。
10月、「ウェブラジオFMCポッドキャスト支店」をケロログに開設。
11月、「QIC」隔週で公開収録スタート。

2006年
テーマ「30th」

2006年

1月、企画チーム発足するもすぐに消滅。
〃月、隔週で「茶話会」スタート。
3月、「QIC」アシスタントにフィラリア井元が復帰。
4月、「日刊FMC」と「夕刊FMC」のデイリー2ベルト体制スタート。
〃月、FMC創立30周年。
〃月、「QIC」放送500回(国内発インターネットラジオ史上最長記録)を記念して公開収録を実施。
6月、『映画リトルバーズ上映会+綿井健陽監督講演会(産文大ホール)』の実行委員会に参加。榎田信衛門がステージMCを担当。
〃月、『click+(主催/熊大広告KumAnd)』に榎田信衛門登場。
7月、『ケロログ・ポッドキャスト奥の細道ツアー2006in熊本』(会場/NTT熊本支店多目的ホール)を制作協力。
9月、『朝日新聞(全国版)』コラム「ラジオアングル」にFMCが取り上げられる。(9月13日付朝刊)
〃月、『月刊くまもと経済』9月号巻頭カラー特集にてFMCが取り上げられる。

2007年
テーマ「2007年問題」

2007年

2月、榎田信衛門によるトーク番組「概ね日刊・深夜快速」スタート。
5月、「多目的文化情報発信施設lunedi(ルネディ)」内に「視聴覚作品店review」を開店。
〃月、おーい!中村が1年間のアメリカ留学に出発。
6月、「概ね日刊・深夜快速」に金曜版(MCピナツボめぐみ)が新たにスタート。
7月、九州テレコム振興センター、九州総合通信局などが主催する『情報化フェア2007』に出展(特設スタジオの設置)ならびに種田守倖講演することになったが、台風の接近でイベント自体が中止に。
〃月、熊本国際交流会館に於いて「ラジオパーソナリティ講座」を無料開催。
〃月、reviewに於いて「発想力を高めるワークショップ」を開催。
8月、ウェブテレビ局『月テレ』開局。「深夜特快」「超人俳句」などスタート。
9月、『信毎ホームページ大賞2007』のライフ/情報部門にFMCがノミネートされる。
※ピナツボめぐみ、エトナ井上、メラピさとこ、セントヘレンズ愛美(除籍)、キラウエア裕子らが入局。
11月、阿蘇青年の家「スタッフ強化合宿2007」を実施。

2008年
テーマ「起爆スイッチ!」

2008年

3月、ウェブテレビ局『月テレ』、BAR紹介番組「さしより(後の「深夜特快さしより」)」をスタート。
4月、トーク番組「QIC」放送600回記念公開録音を熊本市国際交流会館多目的ホールで実施。
10月、ウェブテレビ局『月テレ』、熊本ホテルキャッスルで開催された「2008カクテルコンクール&パーティ」をオフィシャル中継放送。

2009年
テーマ「この国から義と情を奪ったやつは誰だ!?」

2009年

2月、ウェブテレビ局『月テレ』、熊本ホテルキャッスルで開催された「第36回全国バーテンダー技能競技大会」をオフィシャル中継放送。
4月、FMC創立33周年記念番組「さしよりQICの基礎知識」を月テレとのサイマルキャスト番組として制作。
8月、銀杏中通りサテスタColonから放送するトーク番組「マスタード☆鶴田のジョニ黒3本角8本」スタート。
10月、Kumamoto Bar Societyによるオリジナルウイスキー創りを長期取材したドキュメンタリー映画『KUMAMOTO BARTENDERS CHOICE(監督・榎田信衛門、55分)』をHD制作。
11月、ドキュメンタリー映画『KUMAMOTO BARTENDERS CHOICE(監督・榎田信衛門、55分)』プレミア上映会を熊本市下通イベントスクエア・リバーレにて開催。満員御礼。
〃月、トークライブイベント「榎田信衛門毒宴会其の四」を熊本市現代美術館アートロフトにて開催。

2010年
テーマ「100年の計を元旦に」

2010年

1月、団体名を「FMC KOMBINAT.」に変更。
〃月、サーバトラブル発生。復旧までの約2週間を「ウェブラジオFMCポッドキャスト支店」での全番組放送で切り抜ける。
〃月、ドキュメンタリー映画第2弾『Bar:Colon大移動※仮題(監督・榎田信衛門)』撮影(2月1日ロケアップ)。
3月、トーク番組「QIC」放送700回記念公開録音を熊本市下通イベントスクエア・リバーレで実施。
4月、「第16回1万歩ご利益ウォーク」中継。
7月、書評番組「流離い図書室~耳にて歩き~」をスタート。
〃月、「スタッフ全員ミーティング」を熊本市大江校区公民館にて実施。
9月、月テレの生放送(Ustream使用)「月刊FMC」スタート。
10月、「明日の基礎知識日刊FMCネオ」と「深夜快速」を統合して「日刊・深夜快速」をスタート。

2011年
テーマ「second best,tomorrow! 今できることをしろ!」

2011年

3月、「QIC:754/東日本大震災被災地応援3時間生放送」を実施。
4月、「I love you & I need you ふくしま/勝手に熊本版」を制作。YouTubeにアップ直後から大反響。
〃月、「第17回1万歩ご利益ウォーク」中継+ステージ。
7月、白川中学校区「是法神社夏祭り」に参加。特設放送ブースを設けUstream生放送を実施。
9月、トーク番組「QIC」放送777回記念公開録音+榎田信衛門放送業界デビュー30周年記念ミニパーティを開催。
11月、あいぽーと文化祭に参加。FMCの出展テーマは「災害と市民メディア」Ustream生放送を実施。

2012年
「reboot!!日本甦生」

2012年

2月、トーク番組「QIC」放送800回記念公開録音を開催。
〃月、ドキュメンタリー映画第2弾『removal of bar:colon』プレミア上映会を開催。
3月、自主映画制作プロダクション『シネマトグラフ・ルネディ』をFMC部内に旗揚げ。
4月、「第18回1万歩ご利益ウォーク」中継+ステージ。
5月、劇場用映画第1弾『堂免公園』クランクイン。
7月、白川中学校区「是法神社夏祭り」に参加。特設放送ブースを設けUstream生放送を実施。
9月、劇場用映画『堂免公園』クランクアップ。

2013年
テーマ「Destroy confusion! 混迷をぶっ壊せ!」

2013年

1月、劇場用映画第1弾『堂免公園』ゼロ号試写。
2月、オリジナルDVD『榎田信衛門の大異言』リリース。
3月、自主映画制作プロダクション『シネマトグラフ・ルネディ』をFMC部内に旗揚げ。
4月、劇場用映画『堂免公園』東京上映会。
〃月、劇場用映画『堂免公園』熊本地区内覧上映会(協賛各社向け)。
5月、劇場用映画『堂免公園』大阪試写会。
〃月、オリジナルDVD『榎田信衛門◎大実況二六七三』リリース。
7月、白川中学校区「是法神社夏祭り」に参加(ラスト参加)。特設放送ブースを設けUstream生放送を実施。
10月、本妙寺『寺フェス2』参加。特設放送ブースよりUstream生放送。
〃月、熊本よかちょろ会主催『柳家喬太郎独演会』制作協力。
11月、トーク番組「QIC」放送888回記念公開録音を横浜市(中華街・三国志特設スタジオ)で遠征開催。
12月31日、シネマトグラフ・ルネディ活動休止。FMCを発展的解散。

2014年
「New Order 時代を変えよう!」

2014年

1月1日、『CRI』発足、新FMCの指揮運営を受け継ぐ。
4月、CRI制作番組『kumamoto modernology』放送開始。
5月、がん啓発イベント『リレー・フォー・ライフ・ジャパン2014くまもと(熊本市・白川公園)』ステージMC協力。
9月、オリジナルCD『構造不況と表現の自由2014』リリース。
10月、本妙寺『寺フェス3』参加。地獄エフエム特設放送ブースよりUstream生放送。

2015年
テーマ「座」

2015年

1月、榎田信衛門が古巣の企画会社(東京)に役員として復帰。
4月、スタッフ間の交流を目的とした「土曜ミーティング」開始。
〃月、オリジナルDVD『榎田信衛門かく語りき』リリース。
5月、第1回『lunediまつり』開催。
〃月、がん啓発イベント『リレー・フォー・ライフ・ジャパン2015くまもと(熊本市・白川公園)』ステージMC協力。
6月、熊本よかちょろ会主催『立川生志独演会』制作協力。
10月、本妙寺『寺フェス3』参加。成仏エフエム特設放送ブースにて『日刊深夜快速特別編』『WA!アメーバだ30周年特番』収録。。
〃月、熊本よかちょろ会主催『三遊亭白鳥独演会』制作協力。
11月、オリジナルDVD『QIC:989+990』リリース。※特典DVD『WA!アメーバだ30周年特番』

2016年
熊本大分大地震で大ピンチ!!

2016年

2月、トーク番組「QIC」放送1000回記念公開録音を神戸市(神戸市三宮・なゆた特設スタジオ)で遠征開催。

4月、熊本大分大地震発生。拠点である『多目的文化情報発信施設lunedi』が大規模半壊するも、4月14日「前震」発生から53分後に満身創痍の第1スタジオから「緊急特番第1号」を放送。以後、比較的損害が少なかった第3スタジオ(review)を拠点に8月31日まで計87本の震災関連番組を放送。

※日本全国だけでなく国境を超えたリスナーから、スタジオ再興のための義援金が続々届く。

7月、『lunedi』から熊本市東区新南部3丁目『FMC九州/新南部FMCスタジオ』に移転。

2017年
震災からの復興

2017年

4月、『QIC:1060 Kobe Meeting 2017』を神戸市中央区「こうべまちづくり会館・会議室」にて初開催。

5月、がん啓発イベント『リレー・フォー・ライフ・ジャパン2017くまもと(熊本市・白川公園)』ステージMC協力。

2018年
GO EAST!!

2018年

4月、『QIC:1111 KOBE MEETING 2018』を神戸市中央区「こうべまちづくり会館・大ホール」にて開催。

5月、がん啓発イベント『リレー・フォー・ライフ・ジャパン2018くまもと(熊本市・白川公園)』ステージMC協力。

2019年
FMC九州(本局)・FMC関西・FMC首都圏=3拠点体制

2019年

4月、『FMC関西/新大阪FMCスタジオ』を大阪市淀川区に開設。

6月、『QIC KOBE MEETING 2019』を神戸市中央区「SESSIONS KOBE MOTOMACHI」にて開催。

11月、『QIC MEETING CARAVAN 2019 TOKYO』を東京都千代田区「Z会御茶ノ水ビル・スタジオL」にて開催。

2020年
Covid-19禍の中でも放送は継続

2020年

4月、『QIC KOBE MEETING 2020』を神戸市中央区「こうべまちづくり会館・大ホール」にて開催→Covid-19自粛による休館により無期限延期。

7月、ウェブTV『GETSUTELE』を増強。FMC関西/新大阪FMCスタジオに機材集約。(担当ボランティアスタッフの募集を開始)

10月、れいわ新選組代表山本太郎氏、新大阪FMCスタジオを訪問。日刊深夜快速火曜版にゲスト出演。

11月、『QIC KOBE MEETING 2020』を神戸市中央区「こうべまちづくり会館・大ホール」にて開催。

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